K君のこと

「Kは悪魔と出会い、神と契約を交わした」

 

K君は僕の大学の同期で、2浪しているから年は僕の2つ上。ドイツ人と日本人のハーフ。ものすごくイケメンで、有名なファッション誌でたまにモデルを務め、小銭をたくわえていた。大学1年生の時、僕が所属するサークルが主催する、今考えるとくそみてーなクラブイベントで出会った。彼は、浮き沈みはあるが基本的には非常に明るく、バッドテイストなユーモアの持ち主で、すぐに仲良くなった。

彼は思い込みが激しいたちだった。1年生の年末、夜更けに彼は突然僕の家を訪れた。「エイズになっちゃったよ〜〜〜〜」といきなり泣きながらまくしたてた。聞くとはじめてピンサロに行ってお口でよろしくやってもらったらしいが、その嬢の唾液からエイズに感染した、という。僕は唾液からHIVは感染しないこと、そもそも風俗系のお仕事をしている人は頻繁に病気の検査を受けているから、むしろ「行きずりの女性」より安心であることなどを説いたが、彼は泣くばかりで僕の話を聞かなかった。

数日後、スーパーの袋に野菜をこれでもかと詰めた彼がうちに寄ってきて、「検査したらエイズじゃなかったんだよ〜〜」と当たり前のことを神の祝福を受けたように言い、「カレー作ろうぜ!」とスーパーで買ってきた野菜をおもむろに出しながら、勝手に僕の部屋でカレーを作って帰っていった。

 

K君はアル中で薬物中毒でもあった。危ない薬をやっていることはみんな知っていたが、それでも彼は人気者だった。彼は人を元気にする才能があった。

 

保育士さん達と合コンをすると、「この中で子供超嫌いな人〜?」と聞いて自分だけ手を上げて場を氷づかせたのもおかまいなしに、焼肉用に持ってこられた生肉をそのままむしゃむしゃ食べながら「まっじー!肉生臭いよ〜!」と場の空気をさらに悪くした。僕は彼のそんな姿を見るたびに、「素晴らしい」と思っていた。

 

彼はある日悪魔に会った。

 

とあるクラブイベントで幻覚剤を摂取した彼に悪魔は話しかけてきたらしい。悪魔は彼の耳元で「そんな生活をしていてハッピーか?」とささやき、彼の下腹を殴った。

 

恐怖に打ち震えながら帰路にたつ彼を呼び止める人がいた。とある新興宗教の勧誘だった。彼は悪魔に会った日、神と出会った。

 

しばらくして彼は東京の実家にいたが、どうにもこうにも頭の騒音がうるさく、それを断ち切るために自転車で大学のある京都まで帰ることにした。途中で「自転車なんかで京都まで行ける筈がない」と悟り、自転車を川に投げ捨て、走って京都に向かった。自転車の方がまだマシなんじゃないか、などと言うのは愚問である。

 

京都までの道中、深夜、公園で彼はなにかをわめきたて、警察に保護された。迎えに来た父親に殴りかかり、気がついたときには精神科のベッドに縛り付けられていた。彼は統合失調症という病名をくだされた。

 

しばらく経った頃、偶然道で彼に会った。「久しぶりだな。飲みに行こうぜ」と誘われた飲み屋で彼はポンジュースを頼んだ。お酒はもう飲まないのか、と聞く僕に、「昔は酒とか、睡眠薬とか、いろんな薬がないと頭がざわざわしたけど、今はすごく安定してるんだ」と話した。

人を露悪的に馬鹿にし、薬物におぼれていた頃の彼は人気者だったが、更生し、神と出会った彼にはなぜか人が寄り付かなくなった。

 

「もっと昔みたいに変なことして俺を笑わせてくれよ」という僕に、はにかみながら「信じるものがあるから、これで十分なんだ」と言って、ポンジュースを飲んだ。

 

その日の夜、帰り道、なぜか蛍が一匹、僕の目の前で明滅していた。

なんでこんな日に、今まで見たこともない蛍が出てくるんだよ。

僕はその蛍を殺そうとしたが、かなわなかった。

 

 

 

K君は今、ドイツの片田舎で、日々、神のことを考えている。僕はなぜか裏切られたような寂しさを感じるが、その寂しさはひとりよがりなものだ。